TOP > エジプト紀行 > 王家の谷

王家の谷

ルクソールの西岸は、ネクロポリス・テーベと呼ばれ、テーベが栄えた中央国時代以降、多くの墓が造られた。
盗掘をさけるため岩窟墓となっているが、残念ながら現在ではほとんどの墓が盗掘されてしまっている。


王家の谷に向かう途中、道路の脇の丘には、ワセダハウスと呼ばれる建物がある。早稲田大学の研究チームの拠点になっている。 王家の谷に到着。駐車場の前にはたくさんの土産物屋が並んでいる。

目の前には岩山が広がる。駐車場から王家の谷までは徒歩とトラムでいくことになる。

まずはチケットを購入。

チケットを買ってゲートを通過。ここから王家の谷まではトラムに乗っていく。しかし暑かった。気温は40度を超えていた。

王家の墓入場後、ツタンカーメンの墓のチケットは別途購入。

また入り口があった。どこが本当の入り口だ?
これが王家の谷全貌。結構広い。入場できる墓はたくさんあるが一枚のチケットで3つまでしか入らせてもらえない。ケチ臭いなあ。

これがツタンカーメンの墓の入り口。他の墓の入り口とは違って結構ちゃんとしている。

ツタンカーメンの墓の内部構造。実は他の墓と比較するとびっくりするくらい狭い。18歳にして亡くなってしまったので立派な墓を造る時間がなかったんだとか。

ラムセス9世の墓の入口。
ラムセス9世の墓の内部構造。他の墓も同様だが、長い通路の奥に棺が安置されている構造になっている。

メルエンプタハの墓。たしかラムセス2世の次のファラオだったと思う。人のいない入り口の写真を撮りたかったが、どっかの国のツアー客がずうーっと入り口前を占領してガイドが説明していた。何語かもよく分からなかった。
メルエンプタハの墓の内部構造。壁画には鮮やかな色が残っていてとてもきれいだった。
ラムセス4世の墓入り口。


ラムセス4世の墓の内部構造。

王家の谷の全体図。これを見ると本当に多くの墓がある事が分かる。ツタンカーメンの墓の前の休憩所にこの看板がある。 多くの墓が「Closed」となっていた。行ってからがっかりしないように事前に調べておこう。


  エジプト紀行TOPへ >>